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明治前期における神戸華僑に関する論文を大阪大学がネット上で公開

2018.09.13

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明治前期における神戸華僑に関する論文を大阪大学がネット上で公開

神戸の南京街
9月3日、インターネット上の大阪大学学術情報庫は、西山民江による「明治前期における神戸華僑への視線」という論文を公開した。この論文は「待兼山論叢. 日本学篇」第27号(1993年)に掲載されたものである。
1871年の日清修好条規調印後、1878年に神戸に清国理事府が設立され、神戸の華僑人口は増加し、明治前期において1000人を超すまでになった。

神戸の南京街は全国的に有名であり、神戸では比較的に中華系の外国人労働者と日本人の共生がうまくいっていると言われている。ただ、そこに至るまでの過程は、決して平坦なものでなかった。
送り出し国との連携
神戸の華僑は、居留地境界西側に接する雑居地の海岸通や栄町一、二丁目に、いわゆる「南京町」を形成した。そこでは、賭博、阿片吸引、売春が日常的に行われた。

華僑が関係した犯罪で別の代表的なものに、日本人幼児の誘拐、売買がある。1903年には清国駐神戸領事が、日本人幼児誘拐の厳重な禁止と処分の告示を華僑の密集地帯へ貼り出した。

外国人の集住で犯罪捜査が困難化することが地域住民からの嫌悪を招くのであれば、その送り出し国と連携した対策も有効となりうる。

(画像は大阪大学学術情報庫より)


▼外部リンク

大阪大学学術情報庫
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/
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